前田けいこの心地よい暮らし対談
第一回 前編

<後編>へ続きます。   山田さんが、ご愛用してくださっているメイド・イン・アース製品 布プキンふとんインナー布おむつ 山田智子さんのプロフィール 薬剤師。1987年、北海道大学大学院薬学研究科・修士課程卒。札 […]

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ゲストをお招きしての「前田けいこの心地よい暮らし対談」の連載が始まりました。
メイド・イン・アースのブランドマネージャーの前田けいこが、今お話を聞きたい方をお招きして、貴重な対談をしていきます。

 

 

 

第一回目のゲストは薬剤師 山田智子さんです。

メイド・イン・アース製品のご愛用者さまには、オーガニックコットンのやわらかな風合いがお好きな方、敏感肌の方、環境に優しい商品を選びたい方、カラダのトラブルを改善したい方、化学物質過敏症の方など、さまざまな方がいらっしゃいます。

そんな中、化学物質過敏症を発症した方とお話しする機会がありました。化学物質過敏症は、まだまだ知られていない病気であり、周囲の理解が得られにくいことがあるのを知りました。

そこで、この病気の症状や改善についての知識を、多くの方にぜひ共有したいと思い、薬剤師であり、発症経験者である山田智子さんにお話を聞きました。

いつでも、誰でも発症してしまう可能性のある化学物質過敏症について、みなさんと一緒に学んでいきたいと思います。

 

山田智子さんは、化学物質過敏症を発症後、生活改善の努力を重ね、いまは化学物質過敏症と「うまくつきあう」ライフスタイルを送っています。

そんな山田智子さんをお招きして、発症から改善までの道のりや、症状をコントロールする生活習慣についてお話をうかがいました。

 

 
前田けいこ
(以下、けいこ)

今日は化学物質過敏症について、智子さんのご経験と、改善への道のりをお聞きしたいと思います。はじめて智子さんのお話を聞いたのは、一昨年開催された「香りの害って知っていますか? ~子どもを守るナチュラル生活~」という、化学物質過敏症と香害について知るイベントでしたね。

 

山田智子さん
(以下、智子)

いまは、薬剤師としての知識と発症の経験を生かして、化学物質過敏症でお困りの方やそのご家族が、充実した毎日を過ごせるようお手伝いができたら……と思って活動しています。どうぞ何でも聞いてください!(笑)

38歳の誕生日に、突然の発症

 けいこ

智子さんが化学物質過敏症を発症されたのはいつだったのですか?

 智 子

2000年の夏、ちょうど私の38歳の誕生日でした。

当時は長男が5歳で次男が2歳。自宅で家事をしていたときに突然激しい症状が出て、とにかくここにいてはダメだと、タクシーに飛び乗り、子どもを連れて家から逃げました。

家から離れると、だんだん症状が鎮まってきたのです。ところが家に戻るとまた症状が出る。ついに私も化学物質過敏症を発症したんだとわかりました。

 けいこ

発症したときに化学物質過敏症とすぐわかったのですか?
予備知識などはあったのでしょうか。

 智 子

はい。発症の数年前に、化学物質過敏症について知る機会がありました。

また、次男が食物アレルギーだったのですが、診てくださった先生から「この子は食べものだけでなく、環境にもじゅうぶん注意してあげてください」と言われていたのです。

当時は幹線道路のすぐそばに住んでいて、目の前にはプラスチック工場がありました。

そんな環境に不安をおぼえていたところ、住んでいたマンションで、貯水タンクの洗浄があったんです。洗浄に使った強い薬剤が水に混じったのか、洗濯していたら突然症状が出てしまって。

外出もできず、起き上がることもできない日々

 けいこ

病院へは行かれましたか?

 智 子

それが、症状がさらにひどくなってしまって外出すらできなくなり、しばらく病院に行くこともできなかったのです。病院へ行けるようになったのは2カ月後です。

 けいこ

外出もできないというと、生活が大変だったのではないですか。

 智 子

そうなんです。私の場合、原因物質のひとつがプラスチックだったので、身のまわりのものに反応して大変でした。外出しようにも、人が使っている合成洗剤や香料臭、電磁波、振動などにも反応するため、公共交通機関も使えず、自動車にも乗れませんでした。起き上がることができずに寝たきりになってしまうときもあり、医師からは重症といわれていました。

 けいこ

どんな症状があったのですか。

 智 子

自律神経症状と脳機能障害がありました。強いめまい、ろれつが回らずしゃべれない、感情の調節ができない、字が書けない、簡単な計算さえもできない。原因物質であるプラスチックに触れただけで感電したような衝撃があり、ビニール袋に近づくと熱波を感じました。精神面でもつらかったですね。メンタルの不調からうつ状態になり、生理もめちゃくちゃになってしまいました。

 けいこ

なんと……そんなつらい時期を乗り越えてこられたのですね。

 智 子

医師から「症状が落ち着くのに3年はかかる」といわれて、「3年間もこの状態が続くなんて耐えられない!」と思い、絶対に早く治そうと決意しました。

回復への道のり

 けいこ

強い……! 化学物質過敏症は、ひとりひとり症状が違い、治療法も確立されていないと聞きます。回復のために何をしたらいいかということを、智子さんはどうやって知ったのですか?

 智 子

化学物質過敏症の対応は、身のまわりから原因物質と考えられるものを取りのぞくことなのです。最初は主治医に電話で相談していました。自分の状態を伝えて、どうしたらいいか指示を出してもらいました。私の場合は住んでいる環境が問題だったため、引っ越しすることになりました。

 けいこ

環境そのものに原因があったんですね。

 智 子

はい。私の場合、最大の原因が環境だったのです。そのせいで、元の家にあったモノまで影響を受けていて、引っ越したあと、元の家から持ってきたモノは全て捨てることになりました。引っ越し荷物を開封すると、症状が起きてしまうんです。親がつくってくれた婚礼箪笥など、大切にしてきたものもありましたし、子どものおもちゃを捨てるのはかわいそうでしたが、あまりに症状が激しく、迷う余地もありませんでした。

身のまわりから根気よく原因物質を取りのぞく

 けいこ

環境を変えたことで、体調はどんなふうに変わりましたか?

 智 子

引っ越しても、すぐに改善するということはないのです。最大の原因を遠ざけたとはいえ、まだ身のまわりに小さな原因物質がたくさんあるので、根気よく取りのぞいていく必要がありました。私の場合、プラスチック、化学繊維、漂白剤、香料、食品添加物、残留農薬などに反応するため、完全に除去するのに時間がかかりました。

 けいこ

プラスチックのように、まわりにありふれたものが原因となると、まず何から取りのぞいていけばいいのか……。優先順位などはありますか。

 智 子

まずは、カラダに触れる時間の長いものから変えていきました。私の場合、寝具と下着からはじめました。
ところが、綿100%に変えるだけではダメだったんです。調べてみると、一般的な木綿は、コットンの栽培・収穫に大量の化学薬剤が使われていますし、製造工程で漂白されていたり、化学染料が使われていたりするんですね。また、「オーガニックコットン使用」という商品であっても、縫製に化繊を使っていることがあります。
症状のきついときには、必要なものは自分で縫ってつくりました。その点、メイド・イン・アースさんの製品は安心して使えるので、いまや私の生活になくてはならないものになっています。全部手づくりしなくて済むようになったのはありがたいです(笑)とくに「あってよかった!」と思っているのは、お布団、布おむつ、布ナプキンですね。

自分のカラダが教えてくれる。安全な基地づくり

 けいこ

ありがとうございます。メイド・イン・アースがコンセプトとしている純オーガニックコットンは、コットンが育つ土からはじまり、製品ができあがるまでのすべての工程でオーガニックにこだわったものづくりをしています。
木綿製品もそうですが、製造過程でどういう化学物質を使っているのか、製品表示などの情報からはわからないことが多いです。自分のカラダに合うもの・合わないものを、どうやって知ればよいのでしょうか。智子さんはどうやって確認されるのですか?

 智 子

勉強して知ることも大切なのですが、先に自分のカラダが教えてくれるんです。自分が心地よいと感じるかどうか、ですね。とくに、原因物質をのぞいた清浄な空間で過ごしたあとならば、すぐにわかります。
化学物質過敏症の改善には、自分にとって安全な基地をつくることが大事です。ひとつの部屋のなかにあるものを全部外に出して空っぽにして、だいじょうぶなものだけを部屋に持ち込みます。こうして清浄な空間である基地をつくるのです。
ひとつ安全な部屋ができたら、もうひと部屋、もうひと部屋と増やしていきます。最終的には家全体を安全な場所につくりかえていきます。もし部屋を空っぽにしても何かに反応してしまう場合は、壁や建材などに原因があるかもしれません。

 けいこ

原因となる物質によっては、取りのぞくのにたいへんなご苦労があると思います。智子さんは、どれくらいの時間をかけて回復されたのでしょうか?

 智 子

私の場合、2カ月で外出できる程度に回復し、そこからは少しずつ薄紙をはがすようにして回復していきました。引っ越しによって、最大の原因を取りのぞけたのも大きかったと思います。

周囲の理解を得るには

 けいこ

引っ越しのとき、ご家族の了解も必要だったのではないですか。

 智 子

夫はいまだにこの病気のことを理解していません(笑)
私と同じ学校で薬学を学んできた夫は、教科書に載っていない、学んだこともないこの病気が認められずにいました。夫は、実際に私が苦しんでいるのを目にし、同僚からも「化学物質過敏症がたいへんだという話がニュースで報道されていたよ」と聞いて、理解できないながらも協力はする、というスタンスで今日までいてくれます。

 けいこ

家族をふくめ、周囲の理解を得るのがたいへんだというお話をよく耳にします。

 智 子

化学物質過敏症は、まわりの協力を得ることが不可欠だと思います。私の場合、料理をしようにも、食品の包装材のプラスチックや弁当箱にまで反応が出てしまい、日常生活を送ることさえ困難になりました。それに加えて、2人の子どもの発症予防もせねばならず、多くの人の助けを借りることになりました。
家族からはじまって、何人もの医師、食事づくりや買い物など生活の支援をしてくれた人、家を建ててくれた建築士さん、職場、学校、外出先など……あらゆる人に助けられてきました。周囲の人々に理解してもらい、協力してもらうことが、この病気の対策の大部分を占めるといっても過言ではありません。

 けいこ

周囲の協力を得るためのコツは何かありますか。

 智 子

とにかく、くじけないことです。私の場合は、受け入れてくれる病院や幼稚園などを探し、相手に合わせて事情を説明しました。
1つ受け入れてくれるところを見つけるまでに、10回以上断られることもありました。それでも大切なのは、理解してくれるところ、受け入れてくださるところを1つでも多く見つけることなんです。誰かひとりの人、ひとつの場所に頼り切るのではなくて、複数の相手に少しずつ頼る。たとえば、この病気は治療法がないので、医師が治療してくれなくても、診断書を書いてくれるだけでいい。その診断書があれば、不当なお願いをしているのではないとわかってもらえます。

 

(取材・ライティング 神保りょう子)

<後編>へ続きます。

 

山田さんが、ご愛用してくださっているメイド・イン・アース製品

布プキン
ふとん
インナー
布おむつ

山田智子さんのプロフィール

薬剤師。1987年、北海道大学大学院薬学研究科・修士課程卒。札幌市衛生研究所、企業管理薬剤師、調剤薬局勤務を経て現在に至る。
2000年、化学物質過敏症を発症。医師はじめ多くの医療関係者の指導のもと、生活改善に力を注ぎ、回復。自らの経験と薬剤師としての知識を生かし、化学物質過敏症の生活指導をはじめ、香害やアレルギーなどで困っている人やその家族のために活動中。

前田けいこプロフィール

メイド・イン・アース ブランドマネージャー(株式会社チーム・オースリー) AEAJアロマセラピスト 「からだの中の自然とつながる心地よい暮らし」(青春出版社)

1989年に株式会社チーム・オースリーを設立。1995年に栽培、紡績、製織など製造工程、縫製糸やネームタグに至る最終加工まで純オーガニックコットン素材にこだわる「メイド・イン・アース」を立ち上げる。出張授業で布ナプキンやカラダのお話、手作りWSを展開。「和綿の種ひろがるプロジェクトHOME GROWN」では和綿栽培を広めるために活動中。

 

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